【追悼テリー・ファンク】フォーエバー~アマリロの熱き風になれ

  • URLをコピーしました!
本日のお題

【テキサスブロンコ】テリー・ファンク氏(79)が死去

今朝起きて何気にブログのアクセスをチェックすると
普段は1日でも20アクセスほどが何故か100アクセス越え!

おかしいなと思いながら読まれた記事を見てみると
何故か、一番読まれていない「プロレス関連記事」が上位に

特にこちらの記事がダントツのアクセス

まさかのドリー・ファンクがお亡くなりに!

と思ったら、まさかのテリー・ファンク氏(79)の死去のネットニュースが!

Yahoo!ニュース
Yahoo!ニュース Yahoo!ニュースは、新聞・通信社が配信するニュースのほか、映像、雑誌や個人の書き手が執筆する記事など多種多様なニュースを掲載しています。

しかも、日本での引退試合は1983年8月31日だったので
先日、引退試合の記事を書いて31日当日に更新するつもりが・・・・・

奇しくも「追悼記事」みたいに。。。
しかも、自分の記事は昭和のプロレスを独自路線で書いているので
逆に反感買いそうなのですが

今回は、いくつかテリー・ファンク関連記事を
ピックアップして記事をご紹介したいと思います。

フォーエバー
フォーエバー
フォーエバー

追悼!テリー・ファンク関連記事フォーエバー~アマリロの熱き風になれ

昭和のプロレス記事を専門家でもない素人の分際で書いておりますが
その第一号記事がこちらでした。

テリー・ファンクの実兄ドリー・ファンク・ジュニアの
不穏試合・息子が血へど吐いた試合をクローズアップ

当然、アングル(訴訟社会のアメリカで素人重症負わせたら大変)ですが
実弟のテリー・ファンクが「医者はどこだ」と絶叫しておりますが
本物のお医者さんが表れたらどうなるか気になって仕方ありませんでした。

恐らく、プロレスで一番のシーン挙げろと言われたら
自分はこの「ハンセンですよ!」です

このハンセン引き抜きを馬場さんに進言して
画策した人物こそが「テリー・ファンク」であります。

当日は壮絶は殺し合いしていたので
仲は悪いと思っておりまたが。。。。。

テリー・ファンクがラリアット喰らって
悶絶するシーンなどは本当のリアルファイと
思うぐらいのド迫力であります。

ファンクが「ザ・アメリカ」の食事をたしなむところ
なんと食べきれないステーキを愛犬に!

ハンセンはブリッジを崩して、コーチ役から「かわいがりを」

食べ物の怨みは恐ろしいです

当初は「世界オープンタッグ選手権」としてスタート
このネーミングもライバル団体の新日本プロレスが執拗に
自分たちの対戦を逃げたと吠え続けたからの

だったら「オープン」に門戸開くからリーグ戦やりましょう
と全日本プロレスからのしっぺ返し
当然、新日本プロレスは当然参加しません

後々、語り継がれるシーンがこちら

しかも放映日は1977年12月24日です!
そう、クリスマスイブにケーキで使うフォークで
ぶすぶすと刺すシーンがお茶の間に

令和の時代なら一発アウトですね!

ここから現在まで「世界最強タッグ決定リーグ戦」が続きます
プロレス界の超ロングセラー企画はここから始まったのです!

そして、テリー・ファンク最大のフィナーレが「引退試合」
になるはずだったのですが。。。。。。

本日は「追悼記事」なので割愛しますが
小学生だった自分はこれで最後と本当に
テレビでその雄姿をやきつけたものです

改めて
ご冥福をお祈り申し上げます

フォーエバー
フォーエバー
フォーエバー

【昭和プロレス徹底考察】人気関連記事はこちら!

コレ、今読まなくちゃ!

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


本日のお題