【プロレス史上最大の乱入劇】遂に、あの男が動いた!

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【プロレス史上最大の乱入劇】遂に、あの男が動いた!

倉持アナ「ブルーザー・ブロディとジミー・スヌーカが入場して参りました。

おっと、誰でしょうか?その後ろにはウエスタン・ハットを

被った大型の男がいますが……。

あ、スタン・ハンセンだ!」

山田隆氏「ハンセンですよ!」


倉持アナ「スタン・ハンセンがセコンド!大ハプニングが起きました!」

1981年12月13日、かつての蔵前国技館
この入場シーンは40年経ても色褪せることありません。

自分は当時は小学4年生でプロレスには全く興味ない子どもでしたが
これが火付けとなって20代半ばまではプロレス小僧で
馬場さんが亡くなって、全日が分裂してからは
全く疎くなってしまったのでプロレス話は昭和時代が中心となりますが

この入場シーンを当時の心ない新日本ファンは

「わざとらしい」とか言いますが
全日ファンで新日嫌いの自分としては

「ストロングマシーンとかTPGの方がインチキだろう」と
数少ない全日ファン派として反論しておりましたが!

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こちらの著書で、前日打ち合わせをしての
乱入劇と知った時はショックではありましたが。。。。。。

自分にとっては人生でも指折りのショッキングシーンだったので
こちらの乱入劇と当時の全日・新日の対立の背景を
自分なりに深堀して記事にしてご紹介いたします。

1981年の新日本VS全日本

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Gスピリッツというプロレス雑誌で1981年の両団体の対立を
きっちり克明に記事にされておりますが
1冊の雑誌に仕上がるぐらいなので対立は半端ないのです。

プロ野球で言えば、巨人・阪神

大リーグで言えば、ヤンキースとレッドソックス

サッカーなら、レアルマドリードとバルセロナ

そんな風に例えるのでしょうが

こちらの3つの例えは試合や補強などでは
ライバル関係むき出しでバチバチにやるでしょうが
それは、お互いしのぎを削ることで野球界やサッカー界を
より反映させることに関しては共存共栄だと思いますが

当時の全日本と新日本はお互いバチバチのつぶし合い
正確に言えば、新日本が全日本つぶしを仕掛けとなりますが

とにかく80年代中頃まではお互いのファン同士でも
いがみ合って口を利かないとか普通だったので

同じ業界でこれぐらいいがみ合って仲悪い例は
恐らく、世界中探してもないような気がします。

そんな、対立つぶし合いの火ぶたは
1981年5月に当時の全日本看板外国人の黒い呪術師こと
ブッチャーの引き抜きを新日本が仕掛けます

5月に新日本の会場に現れて
しかも、念入りにカリビアンベビー級ベルトを持参して
当時、世界最強を決めると謳ったIWGP参戦のために返上しますが

この、ベルトはどうやら新日本が用意したらしく
後に新日本を去る際も、このベルトを放置するのですが

人一倍!
お金に細かいブッチャーが自分のベルト放置するわけなく
これは事実だと思います。

この引き抜きを知らされた馬場さんは
自宅の地下室に籠ってひたすらトレーニングをしたそうです。

今までも、新日本の挑発行為は続いてましたが
本当に実弾戦争を仕掛けたのは今回が初で
普段は、黙殺した馬場さんがキラー馬場となります!

すぐさま、新日本の看板外国人の
タイガージェットシンを引き抜き返しますが

当時の両団体の力関係で言うと
かなり新日本が優位で一人ぐらい引き抜かれてもと
全く、余裕を見せておりましたが

キラー馬場の真の狙いはシンではなく
「不沈艦」当時は「ブレーキの壊れたダンプカー」

スタン・ハンセンが本命でありました

その行動は素早く、ブッチャー引き抜かれた
翌月にはアメリカのダラスで会談をして
1982年より全日本参加の確約を得ることとなります。

ハンセンですよ!

話を1981年12月12日に戻します。

つまり、乱入劇の前日となりますが
当時は、世界最強タッグリーグ戦という全日本のドル箱シリーズで
そこに参加している超獣ことブルーザー・ブロディはハンセンの先輩で

この数日前に、ハンセンは全日本に参戦すると告げるのですが
引き抜きを行った、ボスの馬場さんやブッカーのファンクスからは
この引き抜きはかん口令が惹かれてブロディには伏せらえることで

プライドの人一倍高いブロディは不満を爆発させますが
ハンセンの根回しで最悪の危機は回避されますが

その前日に、力道山先生の長男の百田義浩氏の車で
東京のホテルで馬場夫妻やファンクスと対面

で、力道山のご子息で!
しかも慶応大学ご出身なのに!

どうして車の運転手なのかと疑問ですが
今回は、この件は関係ないのでスルーしますが

ここで、最終戦ブロディ・スヌーカVSファンクスの4人と
ハンセンがセコンドにつくことで後はプロとして
試合を任せると馬場さん告げることでこの乱入劇が始まります。。。。。。

この動画の0:51秒の山田隆氏の

ハンセンですよ!

これは名言中の名言
古館アナのように長々語るのもいいですが
この「ハンセンですよ!」で試合は釘付けとなります。

この、実況も演技とか芝居だろうと心ない新日ファンは言いましたが

こちらの右側が山田隆氏となりますが
画像がこれしか拾えず粗いのでわかりにくいですが

風貌は、や●ざか悪代官であります
当時は、水戸黄門や暴れん坊将軍に銭形平次など
時代劇隆盛なので、あんな迫真のセリフ言えれば

悪代官役で役者した方が絶対稼げるので
あれは絶対にガチの発言だと疑う余地はないのです。

試合中盤に、ハンセンがテリーファンクへラリアート!

みの虫のように、紙テープでぐるぐる巻きになる記憶だったのですが
これは、翌年の82年の最強タッグだったので勘違いですね(笑)

細かい話を続けて恐縮ですが、この当時は「ラリアート」で
全日本に参戦する頃になると「ラリアット」に表記が変わります

これで、ファンクはドリー一人となって
最後は、ブロディがキングコングニードロップで勝利!

アイドルがやられます!

これもこの試合の名言で倉持アナが絶叫しますが
40代で頭の薄いアイドル居るのかと思いますが

プロレス界では十二分に勤まります(笑)

実際に、83年8月の引退試合まで
ファンクは正真正銘のアイドル兄弟コンビでありました

自分も、お年玉で「テリーさよならシリーズ」
今はない横浜文化体育館に行ったのもいい思い出です。

当時は、メインイベントはほぼ完全決着ないのですが
乱入劇あったとはいえ珍しく「ワン・ツー・スリー」で締めくくりますが

これで、終わりません!
タイムスリップして観たい試合と言えば
こちらの試合はトップ3に入るかもしれません

ちなみに他に見てみたい試合と言えば・・・・・

  • NWA奪取試合(1974年鹿児島)
  • ブッチャー大木の殺し合い(1975年武道館)

新日本や猪木の試合にはあまり興味を感じないので
猪木アリ戦やルスカ戦とかはこの方ではないけど

別にですね(笑)

話が毎度ながら脱線してしまいましたが
ここから、御大馬場さんとジャンボ鶴田も助太刀に

何と!
馬場さんのチョップで流血します

ハンセンも親切に白いシャツで鮮血を演出します!

当時は、新日本と梶原一騎先生はズブズブの関係なので
この乱入劇は冷ややかに描写されておりますが。。。。。。

純粋だった?
小学生の自分には余りあるショッキングシーンでありました。

そして、これよりインパクトある乱入やハプニングは未だに見たことなく
バラエティー番組で未だに、スタンハンセンの入場曲「サンライズ」が流れるのもその名残でしょう。

キラー馬場恐るべし!「ふざけるんじゃないよ!」

キラー馬場が遂に動く!

普段は決して怒りをあらわにしませんが
今回はマイクを向けられ怒りのコメントを

ですが、ちょっと笑ってるように見えるの気のせい?

この乱入劇で、翌年(82年)よりハンセンが参戦

これで、引き抜き戦争も終止符が打たれることに

翌年、新日本から休戦の申し出があり
馬場さんも争いごとを好まない性分なので手打ちに

一説には盛り上げるためのトレードとか
言われておりますが、実際にギャラが引き抜きで
2倍になったレスラーもいるとのことなので
これは本当の企業戦争で団体存続かけてのつぶし合いとだったのではと

ただ、自分は当時小学生で関係者でもないので
真偽のほどは定かではありませんが、昭和の熱い時代の乱入劇は
この先も色褪せることはないでしょう。

本日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

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